2023年01月11日

トウガラシはメキシコから渡ってきた

 世界中で現在使われているトウガラシは、メキシコから伝わったものである。コロンブスが一四九二年にカリブ海の島々やアメリカ大陸に到達した際、それまでに欧州にもアジアにもなかったトウガラシと出会った。後にやってきたスペイン人たちは、トウモロコシ、サツマイモ、カボチャなどとともに、トウガラシを船積みして本国に持ち帰っている。
 日本への伝来は、一五四二年にポルトガル人が持ち込んだとされる。漢字で唐辛子と表記するように、現在の中国である唐から伝わったと思われがちだが、江戸時代以前の日本では、「唐」は舶来の物を意味していた。トウモロコシも漢字で書くと唐蜀黍となる。
 トウガラシはナス科の植物で、中南米には計四種群ある。その中でメキシコで紀元前七〇〇〇年頃から栽培されていたとされるアンヌーム種が、コロンブス到達以降に世界各地へと伝わって現在に至る。
 欧州にトウガラシが持ち込まれる以前は、香辛料はコショウを使っていた。だが、コショウは熱帯の低地でしか栽培できないので、高価な品であった。一方で、トウガラシは温帯の地でも栽培できるので、世界各地に広がっていく。例えば朝鮮半島では、トウガラシが伝わる以前、キムチはニンニクやショウガを利用した漬け物に過ぎなかった。現在トウガラシの生産量が最も多いインドでは、カレーはコショウやショウガを使った今ほど辛くないものだったと推測される。
 トウガラシは胃腸を活性化させ、食欲を増進させる効果がある。辛み成分であるカプサイシンは胃腸だけでなく、脳からエンドルフィンを分泌させる。これにより疲労を和らげ、陶酔感や快感を得ることができるのだ。
 コショウも含めた香辛料は、腐敗の原因となる微生物を殺菌する効果がある。トウガラシに含まれるカプサイシンは、カビに対しての効力があり、抗酸化性が強い。つまり、トウガラシを使うことによって、貯蔵や保存の効く食べ物を作ることができる。
 メキシコでは大小五〇種類以上のトウガラシが、各料理で使われている。すべてアンヌーム種で、生のものと乾燥したものが売られている。チレ・アルボルと呼ばれる日本のタカノツメに近いようなものから、大きく肉厚でピーマンのようなチレ・ポブラーノまで多様。メキシコ人は料理によってトウガラシを使い分けており、長年に渡って伝えられた料理方法により、豊穣なる食文化を培ってきた。

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露天市では多種類のトウガラシが売られている

さかぐちとおる著『中南米グルメ紀行』(東京堂出版)P.42〜44より抜粋
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2023年01月01日

チョコレート味のモーレ・ポブラーノ

 プエブラを代表する、モーレ・ポブラーノ。カカオとトウガラシを原料にした濃厚なソースを、骨付きの鶏もも肉にかけた料理だ。つまりこのソースは甘辛いチョコレートなわけで、食べたことのない人には想像がつかない味であろう。メキシコ渡航歴がある友人や、現地で出会った日本人に聞くと、好き嫌いが分かれる。メキシコへ行ったら食べたいという人もいれば、まったく受け付けない人もいる。
 ここでチョコレートの原料カカオについて解説しておく。カカオの原産地は諸説あるが、南米コロンビアの熱帯雨林に自生していたものを、栽培化して広めたという説が強い。その隣国エクアドルの遺跡では、陶器の付着物から紀元前五〇〇〇年以上前のカカオのDNAが検出。カカオの実を利用して飲まれていたと分析される。
 メキシコでは現在の南西部タバスコ州で古代オルメカ文明が発達した紀元前一〇〇〇年頃、カカオが栽培されて飲用されていたと推測される。現在の首都メキシコ市周辺で古代アステカ文明が最も栄えた一五世紀には、低地のベラクルス州やタバスコ州で栽培されたカカオの実が、アステカ帝国の首都まで運ばれていたという記録が残る。古代アステカの王族たちは、カカオとトウガラシを混ぜた飲料水を好んでいた。ちなみに、カカオが欧州に渡って固形チョコレートがスイスで開発されたのは一八七〇年代である。
 さて、モーレ・ポブラーノの料理は、現在の民芸品美術館であるサンタ・ロサ修道院の厨房で生み出された。かつて古代アステカの王族たちが、カカオとトウガラシを混ぜた飲料水を好んでいた逸話をもとに、修道女たちがカカオに多種類の香辛料を混ぜて思考しながらソースを煮込み、七面鳥や鶏の肉にかけて食べた。サンタ・ロサ修道院跡はプエブラの歴史地区にあり、美術館見学の際にモーレ・ポブラーノ発祥の厨房が見学できる。
 プエブラのレストランでは、ほとんどの店で原料の素材から長時間かけてモーレのソースを作っている。私は二〇〇一年に初めてプエブラを訪れて以来、二〇二〇年三月まで計七回くらいこの街に来ているが、店ごとにモーレの味が微妙に違う。辛さや風味、ソースの濃厚度など、その店オリジナルの味が楽しめる。

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モーレ・ポブラーノをトルティージャとともに食べる

さかぐちとおる著『中南米グルメ紀行』(東京堂出版)P.24〜26より抜粋

posted by sakaguchitoru at 10:18| Comment(0) | メキシコ