2018年01月28日

ロランド・ルナ来日によせて(後編)

 ロランド・ルナは1978年ハバナ生まれ。キューバの若いジャズ奏者を対象としたホ・ジャズ・コンクールで1999年に1位となる。カミータ・レーベルの二田綾子さんが彼を見出した時はまだ21歳で、高橋慎一さんが初めて会った時は音楽奏者というよりスポーツ選手のような雰囲気を醸し出していたそうだ。自宅にピアノがなく、鍵盤状に書いた紙を弾いて練習をしていたと言う。それを見かねた作家の村上龍さんが、彼に日本製の高級電子ピアノを贈ったという経緯がある。
 ロランド・ルナは、カミータ・レーベルのCDに収録されたほか、映画『CuーBop』にも出演。この映画の中では『ムーンリバー』を変拍子で弾いている。彼は世界的に権威のあるスイスのモントルー・ジャズ・フェスティバルで、2007年にピアノ部門で優勝した。
 またジャズという音楽のジャンルにとらわれず、著名な楽団でピアノを弾いてきて、異彩な技巧を発揮してきた。イサック・デルガードが2002年に出したアルバムに参加しているほか、パウロF.G.の20周年ライブにも出演。また2016年3月に東京で行われたブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブの公演で来日したことは記憶に新しい。

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乗合タクシーを拾おうと手を上げるヒセル

 私は2016年5月に、ロランド・ルナにインタビューを試みた。彼の自宅へ電話してみるとお母さんが出たが、しばらく家に帰ってきていないとのこと。恋人の家にいるとのことで、その連絡先を教えてくれた。電話をかけてみると、その恋人はヒセル・フェレールという女性歌手。そして彼女は、その日の夕方にロランドが演奏する場所へ連れて行ってくれた。
 乗合タクシーを使ってミラマール地区のヒセルの家を訪ねる。
「今すぐ出掛ける用意をするから、少し待っていて」
 応接間で15分ほど待つと、派手な衣装を着てハイヒールを履き、寝室から出て来た。
「私は夜にライブがあるから、その足で出掛けるの」
 彼女はなんと、その5年前から著名楽団N.G.ラ・バンダで歌っていると言う。そして乗合タクシーでロランドが弾くライブ会場へ向かおうとするが、どの車も満席状態で乗れない。そこで1人ずつ分かれて乗車することになった。しばらくすると、空席が1つある乗合タクシーが停まった。
「この日本人を○○まで乗せていって頂戴」
 早口でその場所の地名が聞き取れなかった。果たして運転手に伝わっているのだろうか。ヒセルと合流できるのだろうか。そんな不安を抱き、20分ほど走って降ろされた場所は、私もある程度の土地勘があるベダード地区のプレシデンテ通り。そしてヒセルと落ち合うことができた。

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ロランド・ルナとヒセル・フェレール

 連れて行ってくれた場所は、プレシデンテ通り沿いにある政府機関の建物。その敷地内の中庭で、五輪出場選手と家族を招いたプライベートなライブが行われ、出演するロランドの関係者ということで入場させてもらえた。
 その催しは五輪出場選手の功績をスクリーンで映し出したり、表彰状を渡したりして、ライブ開始まで1時間以上待たされた。しかしその間はロランドは他の出演者と打合せをしているらしく、我々がいる場所まで出て来ない。待っている間にヒセルに、ロランドの近況などを尋ねた。
「彼は今、特定の楽団には所属していないの。でも今日のように呼ばれたりして、ほぼ毎日何かしらの仕事の依頼が入っている感じで忙しいのよ」
 この日は、スレ・ゲーラというブルースを中心に歌っている女性歌手との共演で、リズム楽器のほかに2人のサックス奏者が入り、計7人でのセッションとなった。

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ロランド・ルナの熱演

 そしていよいよ出演者が登場し、ロランド・ルナもピアノの前に座った。我々はステージ脇にいて、間近でロランドの演奏に聴き入った。歌手スレ・ゲーラの伴奏だったのだが、ロランドのピアノソロもあった。それはまるで、目の前のご馳走を早食いするような演奏ぶり。ピアノを演奏することが楽しみこの上ないような、生き生きとした表情だ。
 私はロランドの写真を100枚くらいは撮っただろうか。速いテンポの曲で、コード進行に合わせた絶妙な和音と、異彩な指捌きの演奏に圧巻させられる。他の共演者もうまく調和していたが、私はロランドの演奏ばかりを食い入るように鑑賞した。
 時間的な都合で、残念ながらインタビューをすることはできなかった。それでも間近で素晴らしい演奏を聴けて良かったと思う。今後もロランド・ルナの多様な活動を追っていきたい。
posted by sakaguchitoru at 14:32| Comment(0) | キューバ
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